「加速」と「身体と自転車のズレ」

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初めてスポーツ用の自転車などに乗った方は「立ちこぎ」でスタートができないことがあります。
できる人にはまったく問題なくできる事がどうして難しく感じるのでしょうか。

「スタート」というのは止まっている自転車が動き出すという事。
つまり自転車の「速さ」はゼロ(静止時)から増える=加速するという事です。

この回では、この自転車の加速時に不安定になる原因を考えます。

■ 「加速」とは?

「加速」とは、移動・静止に関わらず物体の「速さが増す事」です。
静止している物体が動き出す(例: 0→10km/h)ことも加速ですし、動いている物体の速さが増す(10km/hで動いている物体が15km/hになる)のも加速です。

自転車の場合、ペダリングの推進力による加速と、下り坂などの重力に引かれる形での加速などが考えられます。
そうじゃない特殊テクニックもありますが、今回は触れません。

ここでは主に平地での「ペダリングによる加速」をイメージし話を進めます。

■ 加速する自転車で起きている事

ペダリングで自転車が推進力を得る過程は、力の伝わる順番に「ペダル→クランク→チェーンリング→チェーン→スプロケット・ハブ→スポーク→タイヤ外周部→地面」です。

こうして見ると、ペダルへの入力以後、人間はその力の伝達に関与がありません。
つまりペダルを回すと同時に自転車(単体)は進む、ということです。
当たり前のことですが、大事な事。

つまりペダルを踏むと「自転車(単体)は進むけど身体は進まない」ということです。

■ 「進む」自転車と「連れていかれる」身体

さて、自転車に乗る人間の身体と自転車(単体)がつながっている箇所は限られています。
「ハンドルの左右グリップと両手」「左右ペダルと足」「サドルとお尻」の5点です。

上に書いたような「自転車は進むけど身体は進まない」状態になった場合、進む自転車にこれらの点を介して身体が自転車に「連れていかれる」形で進むと考えられます。

この時、自転車に「連れていかれる」身体は、自転車に対し加速タイミングが一瞬遅れます。
自転車と身体をつなぐ「四肢(腕や足)・お尻」が変形(伸びたり曲がったり)するので、実際に身体全体にその「連れていかれる」力が伝わるまでに時間がかかり、かかった時間の分だけ自転車に対し身体の進むのが遅れるということです。

 

■ 加速する自転車と身体のズレを「重心」から捉える

以上を改めて「重心」からおさらいしてみます。

以前にも書いた通り、「走行中の自転車の重心」は「人間の重心+自転車の重心」の合成です。

>>過去の投稿「自転車と重心」を参照

自転車の各点につながる身体の部位「腕部の関節(手首・ヒジ・肩)」「脚部の関節(足首・ヒザ・股関節)」はとても大きく動かす事が出来ます。また力を抜いていると外部からの力により簡単に変形(伸びたり曲がったり)してしまいます。

「自転車+人間」が(平地で)加速する時はペダルを動かし推進力をつくります。

すると自転車のフレームはほぼ剛体(簡単に変形しない)ので推進力を受けそのまま進みます。
しかし人間(の重心)はその時点では動きません。

身体が静止し続けようとして一緒に進まない事は「慣性の法則」によります。
静止している物体(この場合は人間)は静止し続けようとします。
動いている物体はそのままの速さと向きを維持しようとします。
>> 「慣性」と『自転車」参照

ハンドルやペダル、サドルに「引かれ/推され」手足お尻を経て力を得て身体が進みます。

一旦遅れた身体は、追いつく為に自転車以上の速さで前に進む必要があり、また、追いついたとしても新たな加速(ペダリング)によって自転車が加速しそれにまた遅れた場合、また身体が遅れてスムーズにスピードを上げる事ができません。
しかし、加速が収まる(一定速度になる)と、身体を自転車のスピードに合わせる事は楽になり、安定を取り戻します。

 

■ 冒頭の問題について

冒頭の問題に戻ります。

加速時にサドルに座っていると身体はそれほど遅れません。
手足に比べ接触面が大きく、また自転車に推された時の変形が少なく、乗車姿勢から力を受けとめやすい「おしり」は自転車からの力の伝達に対して時間的なロスが少ないからです。
シッティング(座りこぎ)に対し、スタンディング(立ちこぎ)の方が(姿勢の変化による)時間的ロスが大きいと考えられます。

サドルに座っている限り、体重を使って踏み込むような大きな推進力を得る事も無いですし、上記のように身体のズレも小さく押さえられます。

ちなみにサドルを思いきり前傾させて取り付けると、よりサドルが身体を推してくれるようになり、自転車が後ろから推す感覚を味わえますよ。

しかし、ダンシング=立ちこぎでは、ペダルを踏んで自転車が加速を始めた瞬間の自転車と身体の速度の「ズレ」が大きくなります。前述した通り、四肢の変形量が大きいためです。
この「ズレ」により、身体が遅れハンドルへの荷重が減ってしまう事、自転車に引かれる事で体勢の変化を生み視線が振れたり脳内のイメージがズレて思うように操作できない事などが理由と考えます。

例えば、始めて電動アシスト自転車に乗る時にで出力を最大にしてスタートすると、意識にズレが起きて押されるような感覚を味わうことができます。これも感覚に馴れてくると身体が自転車の加速を覚えてそれに合わせて動くようになる為にこの感覚を得られなくなっていきます。 また、自動車で急加速をすると身体がシートに押付けられるような感じがします。これも、自動車の加速に対し、身体は静止している為に起きる現象です。

■ 慣れた人の「ダンシング・立ちこぎ」

自転車に乗り慣れている人は、加速時の身体の遅れ、又は自転車が加速していくことを予測しています。
その予測に基づき、しっかりとハンドルを握っていたり、身体の姿勢や位置を加速に備えて動かしたり、ペダルを踏み込みながら身体も前に進めています。これらは経験から自然と身に付くものですから、普段気にしていない場合が多いようです。

このペダルを踏み込む時に身体を前に進める動作はたいていの人がやっています。 身体を一緒に前に進める為には、たいていの場合「ペダルを踏み込む時の反力(踏み応え)」を利用しますが、ギアが予想以上に軽かったりすると、十分に反力(踏み応え)を得られずにフラフラしてしまったりします。例として、何も考えずにトライアル用の自転車に乗るとそのギアの軽さから自転車に振り落とされそうになる人を見かけます。

まとめ

ライダーは自転車と身体それぞれにかかるチカラのズレを自然と補正して走っていますが、あまり力を入れてないように見えるのにスイスイ走る人はこうしたことに上手に身体を合わせていると考えられます。

また今回は平地のペダリングによる加速でしたが、下り坂のダウンヒルなどでも同じ事が言えます。

より積極的に「加速する自転車に身体の加速を合わせる」ことで、より効率のよい加速が可能と考えています。
簡単に言えば、自転車が加速しようが減速しようが、自分の体の真下に自転車がくるように意識していれば、この加速によるタイミングのズレというのは相当軽減されます。
そんなに大したテクニックではありませんが、とてもライディングが楽になると思いますよ。

その方法については、また追々。

 

余談:補助輪を外す時

こどもが補助輪を外す練習をする時、この「自転車の推進力に身体が遅れる現象」がネックになることがあります。ペダルを踏むことに力が集中するあまり、自転車は進むのに身体が遅れてしまった結果ハンドルが安定せず「こわい」と感じていることがあるようです。
最近はペダルを外して足で地面を蹴る練習が一般化していますが、「地面を蹴りながら自分も前に出る」感覚を覚えるのにとてもよい練習になります。
またペダルを付けた時にも「ペダルを踏むのと一緒に自分も前に出る」ようにすると進む自転車に身体が負けることがありません。