「乗っていた自転車が突然壊れ、転倒する−−。市民の足として親しまれている乗り物に、そんなリスクが潜んでいることが判明した。」という書き出しで始まるニュースがありました。
http://mainichi.jp/select/news/20150301k0000m040082000c.html
この記事では、一件の破断事故が大きく扱われています。この破断事故にはどういう可能性があるのでしょうか。
「値段が安いから」「通販だから」といった理由で取りあえず忌避するのは簡単ですが、どういった事が起きたのかを考え、より自転車への理解を深めることは、今後に同様の事態・事故を避ける参考になると思います。
今回は自分がインターネットで調べられた事を元に、検証してみようと思います。
事故の経緯
堺市堺区の建築業の男性(27)は一昨年6月、走行中に自転車のフレームが突然折れて転び、重傷を負った。
(中略)
事故の約7カ月前にインターネット通販で約2万2000円で購入。自宅近くを走っていたところ、前輪と後輪をつなぐアルミ合金製のフレームが突然折れて転んだ。顔を地面に強打し、8本の歯が折れたり、欠けたりした。
「毎日新聞」より
※ 注:「一昨年」は2013年を指します
この件について、様々な関係省庁や機関の情報が集められている「事故情報データバンク」に当たってみました。
>事故情報データバンク
当該事故の報告は発生日、状況から以下で間違いないと思われます。
(重複しての報告があるようです)
毎日新聞ニュースによると、この自転車の製造・販売業者は
「訴訟で製品に問題があったことを認める」
「製品の回収は考えていないが、事故がないか注視し、個別に対応したい」(毎日新聞より)
とのことですので、現状使用判断は所有者、つまりユーザーにまかせられていると考えられ、私見では『使用に際しては相当な注意が必要』だと考えています。
□ 注意が必要だと考える理由
まず上記の毎日新聞の記事中に、当該自転車を調査した「国民生活センター」よりの報告書に触れている箇所があります。
(国民生活センターの)報告書によると、フレームには製造時から亀裂が生じていた可能性があり、走行時の負荷で破損につながったと考えられるという。同型品の試験でも破損し、「製品共通の問題である可能性がある」と結論付けた。(「毎日新聞」より)
これに当たる報告書が公表されていないか探してみたところ、国民生活センターの「商品テスト概要」を発見しました。
報告書の内容が毎日新聞記事中とほぼ同じ事から間違いないと思われます。
“独立行政法人国民生活センター>商品テスト概要より [2013年12月:公表]受付番号:25072 http://www.kokusen.go.jp/kujo/data/k-201312_21.html“
これによると報告は以下のとおり。
毎日新聞ニュース記事中より詳しい状況がわかります。
苦情品のフレーム下側の破断面上に塗料が入り込んでいたこと、表面が滑らかな結晶粒が並んでいたことから、亀裂はフレームの製造工程で発生していたもの考えられ、苦情品はフレーム製造時に生じていた亀裂が走行時の荷重で進展し、破断したものと考えられた。また、苦情同型品のフレームがJISの耐久試験で破損したことから、同型品に共通した問題である可能性がある。
(独立行政法人国民生活センター商品テスト概要より)
※赤字・青字・下線は筆者による
この文中より2つの問題を抽出できます。
- 破断面上に塗料が入り込んでいた。(その破断面には)表面が滑らかな結晶粒が並んでいた。
よって亀裂はフレームの製造工程で発生していたものと考えられる。 - 同形品のフレームがJISの耐久試験で破損したことから、同型品に共通した問題である可能性がある
1)について
フレームの製造過程で割れ・亀裂発生していた可能性が指摘されています。
「破断面上に塗料が入り込んでいた」ということは、塗装(自転車製造の最終)時点で亀裂があったということです。
※ 自転車の製造では、塗装はほぼ最終段階での工程。
また、「断面にきれいな結晶粒が並んでいた」というのは「割れ」た断面であることと考えられます。
推測されるのは、パイプの製造過程で鋳造(鋳物)でいう「す」のようなものが発生していた可能性。そして、パイプを成形した時に「割れ」た可能性が考えられます。
“参考1:鋳造欠陥の発生と防止対策(川重テクノロジーのサイトより) http://www.kawaju.co.jp/jigyo/zairyo/m_hassei_03.html“
“参考2:パイプのできるまで(東成鋼管株式会社サイトより)
http://www.tohsei.co.jp/02/pipe.html “
当該の自転車がどのようなパイプを使用していたかはわかりませんでしたが、通常「パイプ製造」と「フレームの溶接」は別の会社が行うものであり、この場合は調達したパイプの製造過程に問題があった可能性も考えられます。
2)について
この製品の広告として「JIS規格に適合」と記述があるのですが、国民生活センターでの同規格テストではクリアできていません。
販売会社からはこの件についての声明がアップされています。
“ビーズ株式会社 [ 当社製品に関する一部報道について ]
http://www.be-s.co.jp/information/20150302/ “
ここでも「日本工業規格 JIS-D9401 基準に基づく検査」をロットをまたいで行っている事が報告されています。
※ 『JIS-D9401』は自転車の強度に関する工業規格
※ 現在は他の規格とともに『JIS-D9301』に統合されている
※ ただし、その強度基準及び手法は同じ
そうしてみると当該の事故自転車と検査に使われた車両は『運の悪い一台』であったのかもしれません。
ただ、現状の検査をくぐり抜け『運の悪い一台』が流通経路に乗っている現実があり、その現実に対して流通経路や検査方法などの見直しなどについての言及がないため、同じ様に検査をくぐり抜けた『運の悪い一台』が現在も使用されている可能性があり、同様の事故が起こる可能性が否定できないと考えています。
この事故に注目した理由のひとつには、その独特の破断箇所にありました。
参考:破断写真:毎日新聞・写真特集より
http://mainichi.jp/graph/2015/03/01/20150301k0000m040082000c/003.html
金属フレームの破断は、パイプに充分な強度があればたいていの場合溶接部付近から発生します。
これは溶接時にパイプが熱が入って硬化する為とも、パイプ全体にかかるストレスがそこに集中しやすいからだとも考えられます。
上記リンクの写真をみると、破断はフレームの中央付近から発生しています。
破断部のすぐ横にアウター受け(ケーブルを受ける部分)が溶接してありますが、これだけの距離離れていれば溶接の影響は少ないでしょう。
金属フレームの破断には兆候と段階があり、破断面を見る事で逆に過程をたどる事で知ることが出来ます。
- 初期:小さなヒビが入りゆっくりと成長
(破断面は何度もこすりあうので比較的滑らか・長い期間にわたると錆などもある) - 中期:一定の範囲を超えヒビの進行が加速
(破断面はストレスを与えられるごとに割れが進行し、ギザギザになりがち) - 後期1:大きな範囲が一気に割れる
(大きな範囲で一定の破断面を見せる) - 後期2:後期1でも割れずに残った部分が引きちぎられるように破断→完全破断
(引きちぎったような素材自体の変形と破断面)
「初期」に発見できれば突然破断する可能性は低く、「中期」以降は力のかかり方によってはいつ破断してもおかしくない。
当然、ヒビの進行が進むほど小さな切っ掛けで破断(完全破断)しやすくなる。
※ヒビを発見したらただちに乗車を止めましょう。
「初期」段階が全く無い状態からの完全破断というのは、想定した力[ストレス]を相当に超えた力がかかる時くらいであり、この時にはパイプ自体が凹むように変形する痕が見られる事が多い。
以上を基に今回の当該自転車の場合を毎日新聞・写真特集の複数の写真から推測します。
全体ではフレーム下部からヒビ(初期)が発生、その後「中期」がわかりにくいものの、次いでフレーム左側縦面と上部は一気に割れ(後期1)たと考えられ、その後右側の「上部」並びに「下部」に引きちぎれた痕(後期2)が見られるので。おそらく破断の過程ではフレーム上部から見て「く」の字状になったのではないかと推測されます。
初期部分を超えた後の後期破断の範囲が広く、使用者はまさしく「突然」折れたように感じたと思います。
国民生活センターの報告書概要には、元々ヒビが入っていたとありますが、毎日新聞の写真からではその場所ははっきりとは特定できません。
右下部の割れが怪しいかな、くらいです。
パイプに最初から「割れ」があったとしても、余程大きな「割れ」でない限り必ず「初期」ヒビが発生し塗装面の割れとして現れます。
今回もその兆候は見られたと思いますが、フレーム下部での発生である事、購入後7ヶ月という短さから発見が難しいと思います。
使用状況についての疑問
写真(毎日新聞・記事写真特集)を見ると、
- 破断したフレームの前部のみ茶色いもの(土?)が付着しているように見える。
(後部にはない) - 破断箇所付近に細かな広い範囲の擦過痕がある
- フレーム前部・右下に打痕のようは塗装のはがれが見られる
付着物については検査で何かを使ったのかもしれませんが、他のものについてはやはり疑問が残ります。
ひょっとすると破断時は舗装路上ではなく、土がむき出しになった路面で乗った可能性を考えています。
以上、集められる情報からいろいろと考えてみました。
こうした製品不良による事故は、どのようなメーカー・ブランドであっても、生産国であっても起こり得ることです。
実際に様々なメーカーがリコールを行っておりますし、リコールは販売された後に実際に事故などが起きてから発生する事が多くあります。
自分だけは大丈夫と思わず「もしかすると」を頭の片隅に置きながらライドするのが身の安全につながると思います。